それほど多くの映画を観るわけではないが、この映画は以前からぜひ観たいと思っていた。理由は1962年のキューバ危機という舞台設定、主演がベネディクト・カンバーバッチ、そして実話をもとに制作された作品だという点。
9/23が封切りと聞き上映館を調べると‥‥、福岡県でわずか4館のみ。しかも小生が住む北九州市での上映館はゼロ。やむを得ず、9月25日に近隣の直方市まで出かけて鑑賞した次第。
苦労して遠征(?)した甲斐あって、素晴らしい作品に出合うことができた。久しぶりに感想を書いてみたくなった。
※ 本記事はネタバレの話題満載のため、まだ映画をご覧になっていない方はご注意を! ネタバレを了解された方のみ、ご覧ください。
目次
あらすじ
表向きは平凡なセールスマン。しかし裏の顔は、英国の密命を受けたスパイ――ただし、特別な訓練を受けたわけではない“素人”だった。
1962年10月、東西冷戦下。アメリカとソ連の核武装競争による対立は頂点に達し、世界中が「核戦争が起きる」と確信する“キューバ危機”が勃発した。そんな折、事態解決を急ぐ米CIAと英MI6は、1人の英国人に目をつける。
名はグレヴィル・ウィン、職業は東欧諸国に工業製品を卸すセールスマン。彼が依頼されたのは、販路拡大と称してモスクワへ渡り、ソ連の機密情報を持ち帰ってくる“スパイ任務”だった。
用意された計画は完璧だった。ただ“ウィンにスパイの経験など一切ない”という一点を除いて。当然ウィンは「危険すぎる」と拒否。それでもCIAとMI6は「君ならできる」と謎の自信を押し付け、彼をほぼ強制的にモスクワへ向かわせた。
そこでウィンは、国に背いたGRU(ソ連軍参謀本部情報総局)の高官ペンコフスキーとの接触を重ね、核兵器に関する機密情報を西側へと運び続けるが……。
(出典:映画.com)
キューバ危機とは
若い方々の中には「キューバ危機」と言われても、何のことかさっぱりという方も多いであろう。1962年10月に米ソ間の緊張が高まり、全世界を全面核戦争勃発寸前の恐怖に陥れた一連の事件がこう呼ばれている。
当時小生は9歳。キューバ上空を偵察中の米軍U2偵察機が撃墜されたニュースが報じられ、大騒ぎになっていたことをおぼろげに覚えている。大学生になりキューバ危機に関する書籍や雑誌記事を読み、背筋が凍るような恐怖を感じたものだ。
この危機の予備知識が少しあれば、作品の理解がより深まるし、主人公グレヴィル・ウィンがスパイを続けた理由も、ソ連高官ペンコフスキーが祖国を裏切った動機もさらにリアルに伝わってくる。
当時の緊迫した状況を手っ取り早く理解したければ、映画『13デイズ』をビデオでご覧になることをお勧めする。キューバ危機解決の矢面に立ったJ.F.ケネディ米国大統領と弟のロバート・ケネディ司法長官らの苦闘を描いた作品である。脚色された部分もあるが、手に汗握る緊迫感がひしひしと伝わってくる。
もう一つお勧めは、国際ジャーナリスト落合信彦氏(のものと思われる)次の文章。ペンコフスキーの流した情報がいかに重要であったかがよく分かる。
◆ キューバ危機でロバート・“ボビー”・ケネディが囁いた言葉
世界を救った二人の男
本作では、ごく平凡な英国人セールスマン、グレヴィル・ウィンとソ連軍部の高官ペンコフスキーとの、強い友情が描かれている。冷戦下で敵対する米国とソ連(現ロシア)。国、文化、政治信条も全く異なり、本来なら友情を育むことなど考えられない二人が、スパイと情報漏洩者という関係を越え、少しずつ絆を結んでいくエピソードが繰り返し描かれる。
二人を結びつけたものは何か。終日盗聴を警戒し、誰も信用できず、いつ逮捕されるか分からない恐怖。家族にも事実を話せない孤独。それでも愛する妻や子を護りたい、自分ができる最善を尽くしたいと願う二人の中年男。
恐怖と孤独、家族愛と使命感がないまぜになった、彼らにしか分からない体験の共有が友情と信頼の絆を強めていったのだろう。
本作で小生が特に感銘を受けた場面が二つある。一つは劇場でバレエ『白鳥の湖』を鑑賞する場面。王子に別れを告げるヒロイン(白鳥)の映像をはさみ、舞台に見入る二人の表情が大写しになる。
この場面、セリフは皆無だが二人の表情がそれぞれの内面を見事に表していて秀逸。かつては忠誠を捧げた祖国に決別しようとするペンコフスキー。舞台の素晴らしさに圧倒され、言葉もでないほどの感動を味わっているウィン。
バレエが終わり、感動の拍手を惜しまない二人。互いに相手が美と感動を共有できる存在だと、無言のうちに確認し合ったたシーンであった。
カンパーパッチの役者魂に脱帽
「カンバーバッチ、いいよねぇ」
かなり前からカミさんが妙な俳優の名を口にするようになった。「~バッチ」という語尾から、てっきりセルビアあたりの俳優かと思っていたら英国の男優とのこと。
『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』(2014年)をビデオで視聴し、その確かな演技力と存在感が印象に残った。本作でも、KGBに逮捕され、牢獄で厳しい取り調べを受けている物語終盤のシーンには絶句するしかなかった。
それは数ヶ月に及ぶ取り調べと拷問(?)の末に、二人が面会させられる場面。KGBにボロボロになるまで痛めつけられたペンコフスキーとやせさらばえたウィンが再会し、短い言葉を交わすシーンである。
役になりきるためにここまでやるか、と驚嘆させられるほどの痛々しい姿と演技は、ペンコフスキーを演じたメラーブ・ニニッゼの名演と相まって、小生の胸を熱くし、涙腺を緩ませてしまった(実はここが最も感銘を受けた場面)。
この二人のやりとり、ぜひ劇場の大画面でご覧いただければと思う。
◆ 映画『クーリエ:最高機密の運び屋』予告編
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