◆前回の記事はこちら >映画『砂の器』(3) 伝説の名子役とまれにみる名優の共演
前回は、伝説の名子役春田和秀と、父親役の加藤嘉の名演についてふれてみた。今回は、今西警部補役の丹波哲郎について、個人的な感想を述べてみたい。
なお、ネタバレの話題満載のため、まだ映画をご覧になっていない方はご注意を! ネタバレを了解された方のみ、どうぞ。
目次
本来の主人公は今西警部補では?
映画『砂の器』は、ラスト40分間の回想シーンがあまりに強い感動を与えるため、本来は推理ドラマであったことを忘れてしまう。しかし、2時間23分にも及ぶ作品全編を通して見れば、本来の主人公は、粘り強く事件解明に取り組む今西警部補(丹波哲郎)と言ってよい。
未解決の殺人事件の謎を解き明かし、真犯人を特定する今西の執念と推理が本作のテーマと言ってもおかしくはない。その意味では、丹波哲郎の演技力と存在感はもっと注目されてもよいと思っている。
クールでダンディな丹波の意外な熱演
小生は丹波哲郎という俳優をあまりよく知らなかった。何となく抱いていたイメージは、「キイハンター」や「Gメン’75」などで印象づけられたクールでダンディなハードボイルド俳優というもの。その他には、演じる役どころが政財界の大物、陸軍大将、暴力団の組長といったVIPを演じる、貫禄を備えた役者だったというぐらいである。
したがって本作の今西警部補のように、特に優れたひらめきを持つわけではなく、地道な捜査に粘り強く取り組む泥臭い役どころとは無縁の俳優と思っていた。
しかし、本作では「一生懸命」とか「誠心誠意」という言葉で表現するしかない実直さが、実に絵になっている。うだるような熱さの中、汗を拭いながら歩き回る姿がこれほどさまになる俳優とは思わなかった。
捜査のため、休暇をとって私費で伊勢まで出かける執念。喫茶店で出雲地方の地図を広げ、「亀嵩」という地名を探す表情の懸命さ。焼き鳥とビールで若い吉村刑事(森田健作)を慰労する人情味あふれる姿、等々。このような丹波の意外な演技の積み重ねが、推理ドラマとしての『砂の器』の骨格をしっかりと支えている。
同時に「ここぞ」という場面での、冷厳な目つきもきちんと演じ分けている。たとえば、慟哭する千代吉に対し、冷静きわまりない表情で観察を続ける姿は、丹波の真骨頂と言ってもよい。
「繰り返し、繰り返し‥‥」、感極まって手にしたハンカチ
本作で丹波が気合いの入った熱演を見せてくれるのは、やはり終盤の警視庁合同捜査会議の場面であろう。ときに宙を見上げ、ときに語りかけてくるような熱弁をふるう姿は、見事と言ってよい。
特に本浦千代吉から押収した50通の手紙(差出人は全て三木謙一)にふれる場面は、小生の脳裏に焼き付いて離れない。
そのセリフをビデオから聞き取り、文字に起こすと次のようになる。
三木と千代吉との文通は約24年間、‥‥今日までずっと続いております。‥‥(略)‥‥
その内容はほとんど千代吉の一子秀夫に終始しておりまして、
「秀夫は今どこにいるんだ。死ぬまでに会いたい。一目だけでもいいから会いたい」、千代吉はただただそれだけを書きつづり、三木は、「あなたの息子は見どころのある頭のいい子だから、きっとどこかで立派に成長しているだろう。そして、そのうちに必ず必ずきっと会いに来るに相違ない。」
繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返しこのように慰めています。
(句読点、改行は引用者による)
捜査状況を冷静に報告・説明しなければならない担当者が、思わず感極まって涙声となり、ハンカチを取り出すシーンである。捜査会議での涙は普通はありえない。あり得ないが故に、そこで涙を禁じ得なかった今西の言葉は、強く胸を打つ。
「繰り返し繰り返し、繰り返し繰り返し」の部分には、秀夫を思う千代吉の痛ましいほどの親心と、結果的に親子を引き離すきっかけを作った三木の苦悩がうかがえる。
ちなみにこのセリフとハンカチで目を拭う演技は、丹波のアドリブだったとか。恐らく感情移入の極に達した丹波の、自然な演技だったのだろうと推測している。
『砂の器』での丹波については、「【特別対談】大谷信義×森田健作『砂の器』が生まれた現場、その撮影秘話」で、次のようなエピソードも語られている。
また、今西警部補(丹波哲郎)と吉村刑事が捜査の進捗を焼き鳥屋で熱く討論するシーンでは、リハーサルから酒をどんどん飲めと煽られたそう。実は2人とも全くの下戸で、充分に出来あがった状態での本番で丹波は「被害者三木のり平は〜」と喋る。この時の丹波の演技の凄まじさに誰もカットをかけない。終盤にようやく、被害者は三木”謙一”だと監督が気付いて撮影を止めたほどだったそう。
丹波哲郎、クールでニヒルな俳優の知らなかった一面は、何度見ても見応えがあった。丹波の熱演にふれることで、『砂の器』は小生にとって忘れられない作品となった。今どき何度ものビデオ鑑賞に堪えられる男優なんて、なかなかいるものではない。
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