◆前回の記事はこちら >映画『人生フルーツ』、歳を重ねるほど人生は美しくなる (2)
前回では、映画『人生フルーツ』の魅力として次の3点が指摘できそうだ、と述べた。
- 見事で美しい「老」と「死」の実例が確かに在る。
- 「ときをためる」生き方が「老」を輝かせる。
- 夫婦円満の鍵は、「同じ方向」を向き「すき間」をつくること。
今回は、その続きとなる。
魅力2:「ときをためる」生き方が「老」を輝かせる。
「できるものから、小さく、 コツコツ。ときをためて、ゆっくり。」、これが修一氏の口ぐせ。「ときをためる」、耳慣れないこの言葉に妙に魅力を感じた。「目から鱗が落ちた」のかもしれない。
映画『人生フルーツ』を観る前の小生にとって、時間とは未来から過去へ直線的に流れ去るものであった。その中で限られた時間を有効活用し、価値を生産することが「生きる」ことだった。流れ去る時間を追いかけることに精一杯で、時間をゆっくり「ため」て味方につけることなど考えも及ばなかったのだ。
時間を少しずつゆっくり「ためる」という発想に立てば、歳を重ねるごとに人生は豊かになっていく。知識も、経験も、暮らしも、仕事も、思い出も‥‥、歳を重ねるごとにストックが増え、洗練され、成熟を重ね、やがて豊かな実りがもたらされる。
むかし、ある建築家が言った。
長く生きるほど、
人生はより美しくなる。
「そうか、日々の暮らしをいとおしみながら、ていねいに生きていけばいいんだ」。肩の力が抜け、気が楽になった。まもなく始まるシニア・ライフの指針が見つかったように思えたのである。
風が吹けば、枯葉が落ちる。
枯葉が落ちれば、土が肥える。
土が肥えれば、果実が実る。こつこつ、ゆっくり。
人生、フルーツ。
作品で何度か繰り返されるこのフレーズ。「ときをためる」生き方が、やがて豊潤な実りをもたらすことが暗示されている。今は亡き樹木希林さんの絶妙のナレーションと相まって、心に長く余韻を残す。
魅力3:夫婦円満の鍵は、「同じ方向」を向き「すき間」をつくること。
「彼女は、僕にとって生涯で最高のガールフレンド」、本作では修一氏がこう語るシーンがある。唐突な告白(?)にドキリとし、顔が赤らむ思いだった。小生は90歳でカミさんのことをそう紹介できるだろうか。
65年間を共に暮らしたお二人は、お互いに「です、ます」という丁寧語で話す。呼びかけるときは「お父さん」、「お母さん」、あるいは下の名前をさんづけで呼ぶ。絶妙の距離感と言ってよい。。
英子さんは修一氏のことをたまに「しゅうたん」と呼ぶときがある。87歳の女性が夫を「~たん」と呼べるとは‥‥。
静かに淡々といたわり合いながら暮らす老夫婦、修一氏は仲の良さの秘訣を次のように語る。
- 「夫婦仲良しの秘訣は、ほどよいすき間があることだと思っていますから。」(出典:前掲『ふたりから』)
- 「伝言板はね、夫婦の間にすきまをおくための工夫なんですよ。夫婦はすきまがないとダメなんですね」(出典:前掲『あしたも』)
- 「あとね、会話をしていてすぐに返事を求めるんじゃなくて、ゆとりがあったほうが、うまくいくんですよ。長年連れ添った夫婦といえども、二人の間にちょっとの隙間ができるくらいの距離をあけてね。‥‥いい関係でいるには、やはり、気づかいは必要なことだと思いますよ。」(出典:『ききがたり ときをためる暮らし』、自然食通信社)
一方、英子さんは夫婦のコミュニケーションについて、次のように語る。
- 「よく、二人一緒の写真を撮ってもらっていますけど、あれは「やってください」と言われるからですよ。普段は、畑の仕事も別々。私は私の好きなことを、彼は彼の好きなことをやって、顔を合わせるのは、食事とお茶の時間くらいですよ。それで、互いに干渉しない。」(出典:前掲『ききがたり』)
それぞれが好きなことに取り組みながら、互いに干渉し合わないこと。ほどよいすき間をおいて「つかず、離れず、さりげなく」。親しき仲にも「気配り」あり。聞けば当たり前のことだが、これを60年以上実践してきたことがすごいと思う。
修一氏は英子さんとの結婚生活を回顧するにあたり、フランスの作家の言葉を引用する(前掲『ききがたり』)。
「愛とは、お互いに向き合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである」(サン・テグジュペリ)
どんなに仲のよい夫婦でも、互いに向き合ったままでは、些細なことでいさかいが起きる。二人で同じ方向を見つめ、同じ夢を見ることで、夫婦は「同志」にも「戦友」にもなる。サン・テグジュペリの言葉を引いた真意は、こんなところかと勘ぐってみた。
津端ご夫妻が共に見つめる「同じ方向」とは、どんな「方向」だろうか。これは、英子さんの言葉から察することができそうだ。
- 「ときをためるって、つないでいくということですものね。自分たちの世代より、次の世代が豊かな暮らしができるよう、つないでいかないと。」(出典:前掲『ふたりからひとり』)
- 「‥‥次の世代がつなぎたい、守りたいと思う豊かなものを残したいなって。お金じゃなくて、時がつくり上げた、かけがえのない大切なものですから」(出典:『きのう、きょう、あした』、主婦と生活社)
- 「残された時間、修一さんはこれからも、自分流に種を蒔いて、世の中にいろんなことを発信していくでしょう。私も畑にもっと落ち葉を入れて、豊かな土になるよう、次世代のために生きていきたいと思っています‥‥」(出典:前掲『ききがたり』)
次の世代にかけがえのない「財産」を引き継ぐことが、老夫婦が共に見つめた「方向」と推察する。
私たちは
過去の人間から受けとったものに
私たちの精神と労働を加味して
未来の人間に渡すのです (武者小路実篤)
お二人の著作『高蔵寺ニュータウン夫婦物語』(ミネルヴァ書房、1997年刊)には、この一節が引用されているそうだ。
ずっと、ぶれていないのである。
『人生フルーツ』と津端ご夫妻について、3回にわたりあれこれと書き連ねてきた。自分でもこれほど長くなるとは、思ってもみなかった。お二人の暮らしと生き方をたどることが、自身のシニア・ライフを考えるきっかけとなったからかもしれない。
映画『人生フルーツ』とお二人の著作は、我々が忘れかけた「本当の豊かさ」を発見する旅へいざなってくれる。
シニアの方々、これからシニア・ライフを迎えようとされる方々に、ぜひご覧いただきたいと願う次第である。
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