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◆前回の記事はこちら >映画『グリーンブック』をもう一度見直してみた(1)
※ 本稿は、3月11日及び28日に映画『グリーンブック』を観た個人的感想です。
※ 本稿は、『グリーンブック』を既にご覧になった方を対象として記述しています。ネタバレの話題満載のため、まだ映画をご覧になっていない方はご注意ください! ネタバレを了解された方のみ、どうぞ。
目次
疑問3:「勇気は人の心を変えられ」たのか?
南部諸州の差別の現実
「勇気は人の心を変えられる」という信念のもと、黒人差別が根強く残る南部へのツアーに踏み切ったシャーリー。その卓越したピアノ演奏と「品位」(”dignity”)を示すことで、黒人に対する認識を改めさせ、相手の歩み寄りを期待したのだろう。
実際には初めて訪れた南部諸州で、さまざまな差別に直面することになる。酒場でリンチを受け、警官に不当逮捕され、洋服店では試着を拒まれる。
富裕層の白人からは、ピアニストとして最大の敬意と賛辞を受けながらも、屋外のトイレ使用を強要され、レストランでの同席を認められない。彼らは「これは昔からの(ここの)しきたりなんだ」と言う。
出典:映画『グリーンブック』公式サイト
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映画の舞台となった1962年の南部諸州では、有色人種の人権を制限する「ジム・クロウ法」が施行されていた。だから白人専用のトイレやレストランで、黒人の立ち入りを禁止することは合法と言える。シャーリーが「品位」で変えようとした現実は、このようなものだった。
「勇気は人の心を変え」ることができたのか?
では、シャーリーの「勇気は人の心を変え」ることができたのか?
小生の結論を申し上げると、「ノー」でもあり、「イエス」でもある。シャーリーの「勇気」は南部白人たちの差別意識を変えることはできなかった。しかし、8週間前まで黒人が飲んだコップをゴミ箱に捨てていた白人の心は変えたのである。
小生の知るかぎり、南部の白人たちの心が変化した場面は皆無である。シャーリーの勇気ある挑戦は、南部の白人たちの心に何の変化ももたらしていない。
一方、何度も屈辱的な扱いを受けながらも信念を貫こうとする彼の言動は、「中国野郎、ドイツ野郎、ニグロ」と平気で口にしていたトニーの心を変えた。
このささやかな事実が描かれることで、観る者の心にある種の安心感とひとすじの希望が生まれる。『グリーンブック』には、人種差別を描いた作品にありがちな、押しつけがましさが見られないのである。
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『グリーンブック』を見直して‥‥
トニー役のヴィゴ・モーテンセン
本作を初めて観た時は、トニー役の俳優がヴィゴ・モーテンセンだとは全く気づかなかった。ネットで「アラゴルンの面影はどこにもない」という書き込みを見て、「ひょっとして『ロード・オブ・ザ・リング』のアラゴルンか?」と調べると、その通りだった。
アラゴルンを演じた時のヴィゴ・モーテンセンは、口数少なくその愁いを帯びた表情で多くの女性の心をとらえていたと記憶する。本作でトニー役を演じるために、体重を14kg増やす努力をしたとか。俳優と言うのは大変な職業なんだなぁ、と妙に感心した次第。
今回のトニー役は、太っちょで粗野で無教養、おしゃべりなイタリア系白人と、アラゴルンと全く正反対の役どころだったが、いい味を出していた。
家族を思い妻を愛し、妻の言いつけ通りに律儀に手紙を書き続ける姿や、心を許すようになったシャーリーを思いやる演技には、ぐっとくるものがある。
一方、シャーリーを演じたマハーシャラ・アリの秀逸な演技力については、既に雑誌やネット記事で語り尽くされた感があるので、ここではふれないことにする。
出典:映画『グリーンブック』公式サイト
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手紙が示唆するもの
この作品で印象的だったのは、対比(対照)の妙と小道具の使い方のうまさである。
印象に残った対比(対照)的なシーンを挙げると、
- 犯罪が多発するブロンクス地区で育ったトニーと、幼くしてロシアの音楽学院でエリート教育を受けたシャーリー。
- 富裕層の白人の前で厳かにスタインウェイを弾くシーンと、黒人専用酒場で楽しそうに安ピアノを弾くシーン。
- 白人用の酒場でのリンチと、黒人用酒場でのセッションの盛り上がり。
- 黒人たちのソウルフードとされたフライドチキン。それを手づかみで食べる白人のトニーと、ナイフとフォークがないと食べられないと言う黒人のシャーリー。
- 非道で差別的な南部の警官と、雪の中で交通整理をしてタイヤ交換を支援してくれた北部の警官。
思い出す小道具としては、緑のキャデラック、翡翠の石、フライドチキン、銃、ピアノ等が挙げられる。そして最も印象に残る小道具、それは手紙である。
出典:映画『グリーンブック』公式サイト
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スペルも文章もつたないが、愛する妻に手紙を書き続けるトニー。優美なレトリックを駆使した美しい文章を書けるが、書く家族もいないし自分から書こうともしないシャーリー。ここでは、手紙が二人の置かれた境遇の差を際立たせ、シャーリーの深い孤独を暗示する小道具となっている。
さらにこの場面が伏線となり、終盤の「自分から手紙を書いてみたら」というトニーの助言や、ドロレスの「素敵な手紙をありがとう」という最後のオチにつながっていく。「うまいなぁ」と改めて感心した次第。アカデミー脚本賞を受賞するわけである。
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