心も満腹「弁当の日」
※ 筆者注:本記事は平成27年4月及び5月に公表されたものです。文中の年数や学校数等も公表時点の数値であることを、予めお断りしておきます。
このお弁当、おいしそうですね。小学5年生の児童が自分だけで作ったものだそうです。きっかけは、学校で「弁当の日」プロジェクトが始まったから。献立作り、買い出し、調理、弁当詰め、片づけまで、全部、やるのは子ども自身。先生も親も手伝わないで、自分だけで作った特製弁当です。
「弁当の日」が香川県滝宮小学校で生まれてから、14年。たった一人の先生が始めたプロジェクトが、現在では全国で1708校、北九州市では39校(17小学校、22中学校)で実施されるまでになりました。
このプロジェクトを紹介したいと考え、鎌田實(かまた・みのる=諏訪中央病院名誉院長)氏の文章を引用させてもらいます。
心も満腹「弁当の日」 小中学生が自分で作る
鎌田 實
四国の香川県の小さな小・中学校の校長をつとめてきた竹下和男という男に興味をもった。この男を応援したくて、二人で『始めませんか 子どもがつくる「弁当の日」』(自然食通信社)という本をつくった。学校で調理実習をした後、自分で弁当をつくって持ってくる「弁当の日」というイベントをはじめた。
「弁当の日」をやろうと提案したとき、学校の教師は乗り気ではない様子だった。父母も、冷ややかな反応だったが、何とか教師やPTAの了解をとりつけた。弁当づくりには、教師や母親は手を出さないという約束をした。子どもたちは自分の手で弁当をつくりはじめた。
「弁当をプレゼントする日」には、2つの弁当をつくり、1つは大切な人にプレゼント。もう1つは自分で学校で食べる。ある子は必死に料理を習って、腕前を上げた。しかし、プレゼントの当日、まるで違った弁当をつくって持ってきた。百%冷凍食品。その理由に驚いた。
「私は中学3年になるまで一度も親の手料理を食べたことがなかった。だから、母には仕返し弁当をプレゼントする」
竹下和男は言う。「私は手間をかけて育てる価値のない存在なのかという親への問い。それが子どもの心の空腹感なのです」
お茶のいれ方を知らない子どもがいるという。親が買ってくるペットボトルのお茶しか飲んだことがないらしい。そんな時代の流れを、竹下は食い止めようとした。この子がいつか「仕返し弁当」ではなく、お母さんに「愛情弁当」を素直につくってあげられる日がくることを、竹下は祈っている。
小学5年の女の子が感謝弁当をつくった。お父さんのため、おばあちゃんのため、そして自分のため。
お父さんは単身赴任。土日になると香川県に帰ってくる。月曜の朝に大阪に行く。その新幹線の中で食べてもらうための弁当だ。お父さんは、娘が5時に起きて弁当をつくっているのを見て泣き、その弁当を受け取るときに泣き、新幹線の中で食べながら、泣いた。会社に着いて、昼休みに自宅に電話をかけ、「おいしかったと、必ず娘に伝えてくれ」と泣いた。うれしかったのだと思う。
2つ目の弁当は、病院に入院しているおばあちゃんのところへお母さんが持っていった。おばあちゃんはベッドの上に正座をした。
「自分は結婚以来、たくさんの弁当をつくってきた。だけど、つくってもらったのはこれがはじめて」
おばあちゃんも泣きながら食べた。
弁当を通して、この家族の様子が見えてくる。自分のつくった弁当を、おばあちゃんやお父さんが泣きながら食べてくれた。そんな体験をした子どもは、どんなことがあっても生き抜けると思う。自分の存在している意味を実感できる。人は一人で生きていないということが、体験的にわかっただろう。
「弁当の日」を通して、子どもが変わる、学校や家庭の空気が変わる。そして地域も変わっていった。
「旬の素材でつくる弁当の日」、畑やスーパーの野菜、森の山菜やキノコに気が行くようになった。
「冷蔵庫の残り物でつくる弁当の日」で、もったいないということを覚えた。弁当をつくれない子には、みんなが応援するようになった。
四国の山の中の小さな学校ではじまった小さな取り組みが500校以上に広がった。ぼくは、日本中の学校に広げる応援団になることを決めた。
(出典:2009年10月18日 読売新聞「鎌田實の見放さない 28」)
人が生きる目的は、自分が幸せになるため、そして周囲の人を幸せにするため。自分の弁当をつくり、家族に感謝弁当を作ることで、子どもたちは生きる意味を体感していくのでしょう。
「弁当の日」プロジェクト、日本中に広がってほしいものです。
(平成27年4月『こもれびだより』第2号、5月同第3号掲載記事を加除修正したもの)
追記
小生、恥ずかしながら「弁当の日」のことなど全く知らない無知なおっさんだった。2009年10月18日、職場で回覧された新聞切り抜きで、たまたまこの『心も満腹「弁当の日」』の記事を見つけて読み始めた。
読み進むうちに目が釘付けとなってきた。特に小5の女の子がお父さん、おばあちゃんのために、朝5時から「感謝弁当」をつくる段になると、胸が熱くなり目が潤んでくる。小生は(有り難さと嬉しさの余り)泣きながら食べるという経験をしたことはない。しかし、弁当を口にする父親と祖母の気持ちは痛いほど伝わってきた。
食は生きることの根幹、家族の絆の要であることもよく分かった。それまでほとんど無関心だった「食(育)」に興味を持ち始めるきっかけとなった記事である。
2016年12月、縁あって竹下先生の講演会でその肉声に触れることができた。先生は2010年3月に退職され、以来フリーで執筆、講演活動に取り組んでいらっしゃる。思慮に満ちた温かい声で、子どもたちの置かれた危機的状況と、未来に垣間見える希望について語る姿が印象的であった。
誰もやったことのない「弁当の日」を学校で初めて実践する。前例のないことを始める最初の一人となる。小生のような小心者にはなかなかそんな勇気は出てこない。
竹下先生は、「弁当の日」を始めた経緯をあちこちで語っていらっしゃる。相当の覚悟としたたかな戦略で取り組まれたようである。次のサイトのインタビュー記事などは、その間の経緯をよく伝えているのだが、サイト管理者が無断複写・転載等を禁じているため、ご自分でお確かめいただきたい。
>『PRIME PERSON プライムパーソン 子どもがつくる「弁当の日」提唱者 竹下和男さん 「私が前例になる! ~「弁当校長」のしたたかな覚悟~』、ビジネス香川サイト)
「弁当の日」実践校は2018年7月16日現在、全国で 1,898 校、九州 1,010 校、福岡県 399校となっている。
陰の応援団の一員として、さらなる広がりを期待してやまない。
◆「弁当の日」公式サイトはこちら >ひろがれ「弁当の日」ウェブサイト
◆弁当の日実践校の情報はこちら >こどもが作る弁当の日 実践校
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