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『ゆれるあなたに贈る言葉』、プロジェクトX誕生秘話がうかがえる一冊
コロナ禍による巣ごもり生活が続く。この機会に「いつか見よう」とためこんでいた録画や書棚のDVDなどを、あれこれと視聴してみた。「プロジェクトX~挑戦者たち~」のDVDを数本見返すうちに、この番組をゼロから生み出したのはどんな人物だろうか、という興味が湧いてきた。
プロジェクトXの番組エンドロールでは、その最後尾に「制作統括 今井彰」という文字が表れる。どうやらこの今井彰氏が、プロジェクトXを立ち上げ、あそこまでの人気番組に育て上げた人物のようだ。
氏の著書『プロジェクトX リーダーたちの言葉』(文藝春秋社)には、番組誕生のいきさつは記されていない。『ゆれるあなたに贈る言葉』(小学館、2010年刊)という本にその間の経緯が語られていると聞き、amazonで購入し読んでみた。
読んでみて、これが実に面白かった。晩酌の時間も忘れるほど読みふけってしまった。そして、本書のあちこちに記された「プロジェクトX」誕生の裏話を、本ブログで紹介したくなった。
このたぐいの秘話(?)をすでにご存じの方は、読み飛ばしていただきたい。
国民的番組「プロジェクトX~挑戦者たち~」とは
40代以上の方々には言わずもがなの「国民的番組」だが、「プロジェクトX」をご存じない若い方々のために、少しばかりその概要にふれておきたい。
2000年3月28日から2005年12月28日までの5年9ヶ月間、NHK総合テレビで放映されたドキュメンタリー番組。全放送作品は191本。無名の日本人を主人公に、新製品の研究開発、社会的事件、巨大プロジェクトなどに焦点を当て、その成功の陰にあった知られざるドラマを伝える「組織と群像の物語」。
中島みゆきの主題歌『地上の星』、田口トモロヲの語りと共に大きな反響を呼び、最もテレビを見ないと言われる中高年サラリーマンの圧倒的支持を受けるようになる。
2002年1月に視聴率20%越えを記録。放送日の火曜夜は飲み屋から男たちが消える、という都市伝説までも噂されたとか。
かく言う小生、プロジェクトX放送時は40代後半から50代前半だった。全くの仕事人間で帰宅も遅く、毎週視聴することはできなかった。たまに番組を見る機会があった時は、カミさんに隠れて目頭をぬぐうことも何度かあったと記憶する。
「新番組を君にやってもらいたい」、全てはこの一言から始まった。
今井彰氏(出典:今井彰 Facebook)
『ゆれるあなたに贈る言葉』は、元々仕事や職場の人間関係に悩むサラリーマンへの助言の書という主旨で執筆されている。今井氏(以下、「今井」と記載する)がNHKで勤務した自らの体験と共に、プロジェクトXの取材で知った3000人に及ぶ「無名だが本物」の人々のエピソードを柱に構成されている。
本書によれば、今井は自称「会社で最も出世が遅れたサラリーマン」であったそうだ。プロジェクトXの爆発的ヒットで脚光を浴びるまでは、ずっと下積みのサラリーマン生活を送ってきたという。
それは1999年秋、翌年春の番組編成改定を検討する頃。新番組開発の編成責任者であった鬼頭春樹氏(当時のNHK編成局統括担当部長)が今井を呼び、「新番組を君にやってもらいたい」と声をかけたと言う。企画を選ぶ以前に、今井という人物を見込んで託された新番組、しかも火曜日の夜9時台というゴールデンタイムの放送である。
これまで良質のドキュメンタリーを地道に制作してきた今井にチャンスを与えてみよう、という思いがあったのだろう。
さっそく二人で相談し、「自信を失った日本人に勇気を与えるような物語」を目指そうと誓い合ったという。今井は、娯楽番組、スタジオトーク、ドラマなどの経験は皆無。自分に出来るのは実在の人間たちの物語(ドキュメンタリー)のみ。どうせなら自分の得意とする世界で挑戦したかった、と述懐している。
この時点で「無名の日本人たちの知られざる挑戦の物語」、「日本人に勇気を与える」という番組のコンセプトは決定した。プロジェクトXが産声を上げたのだ。
中島みゆきを企画書で口説く
出典:「地上の星/ヘッドライト・テールライト」CDジャケット
今井は、自分に託された番組の主題歌を中島みゆきに依頼しようと考えていた。「中島みゆきでなければ、(新番組の主題)歌はいらなかった」と述懐するほど中島に惚れ込んでいたようだ。
理由は二つ。一つは中島みゆきの歌詞の素晴らしさ。今井は「言葉が煌(きら)めき、詩人の領域にある」とまで絶賛する。二つ目の理由は、中島の「弱者視線」。彼女の歌は常に弱者の視点で書かれていて、これが無名の人々の挑戦のドラマと共鳴し合うと感じたようだ。
問題はどうやって中島みゆきに依頼するかである。中島はテレビにも出ない、自分の納得する仕事しかしない。面識もつてもない、彼女の事務所に打診しても反応は芳しくない。いつ潰れてしまうか分からない新番組の主題歌を依頼するのである。普通の手段で依頼しても承諾を得るのは困難だ。
今井は愚直なまでの正面突破の挙に出る。中島みゆきへの手紙と共に「プロジェクトX」の企画書を送ったのだ。富士山レーダー、青函トンネル、VHS開発、ダイニングキッチンなど、無名の日本人の知られざる挑戦の記録。それはかなりの分量だったようである。
今井は本書で「こちらの気持ちが中島みゆきに届くと信じて疑わなかった」と記している。それだけ企画に自信があったのだろうし、中島のモチベーションを揺り動かす核(コア)を知り抜いていたのだろう。
中島みゆきは、無名の人々の挑戦のドラマに光を当てたい、という今井の強い思いを理解し、快くテーマ曲を作ることを承諾してくれたという。
一度、同意すると中島みゆきは仕事師であった。プロジェクトXの企画書を読み込み、無名の人間たちのドラマというコンセプトを完全に把握した。細部にいたるまで徹底的に練り続け、後に戦後最長のロングセラーとなる『地上の星』を作り上げたのである。
(出典:今井彰『ゆれるあなたに贈る言葉』)
巷間に流布するエピソードだが、中島は「無名の人々に光を当てる」という今井の思いを歌にどう生かすか悩んだという。悩むうちに「実は、彼ら自身が光を放っている」というイメージが湧いてきたという。「(光を放つ)星は(空ではなく)地上にある」という意味で「地上の星」と命名されたとか。
歌詞の中の「砂の中の銀河」、改めて凄い表現だと思った。
※ 「地上の星」(出典:中島みゆきオフィシャルサイト)
◆本記事の続きはこちら >「プロジェクトX」あれこれ(2) ~「ダイエットX」と冷やかされた立ち上げ当初~」
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