皆さんは「日本理化学工業」という会社を知っていますか。この会社はチョークの国内シェア50%を誇ると同時に、全社員の7割が知的障がい者というチョーク製造会社です。もしかしたら、教室のチョーク箱に会社名が印刷されているかもしれませんね。
日本理化学工業は『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司・著、あさ出版)で紹介され、以来テレビや雑誌で何度も取り上げられたので、知っている人も多いことでしょう。
二人の少女の働く姿
全社員の7割もの知的障がい者を雇い続けてきた同社の大山泰宏会長(平成31年2月7日逝去)、実は始めから障がい者を雇用することに理解がある方ではなかったそうです。
そのきっかけは、今から60年前の1959年のこと。ある時養護学校(現在の特別支援学校)の先生に頼まれ、2人の知的障がいの女の子(15歳)を職場体験で受け入れることになりました。
2人の知的障がい者には、チョーク箱にシールを貼るという単純な作業を担当してもらいました。一言も口をきかず、一心不乱に仕事に励んだそうです。昼休みのベルが鳴っても手を止めようとせず、「もう、お昼休みだよ」と肩をたたいてやっと気づくほど、働くことに熱心だったそうです。
その一生懸命に働く姿に強い感銘を受けた周囲の社員から、「私たちがめんどうをみますから、あの子たちをぜひ正社員として雇ってください。」という熱心な要望もあり、やむを得ず雇うことにしたというのが真相だとか。
翌春入社した2人は、毎日満員電車に乗って通勤してきます。午前8時30分から仕事というのに、何と7時には工場の入口で待っています。そして脇目もふらず懸命に仕事に励みます。どうしても言うことを聞いてくれない時に、「施設に帰すよ」と言うと、泣いて嫌がります。
大山さんは、二つのことが不思議でたまりません。一つ目の疑問は、「工場でつらい思いをして働くよりも、施設でのんびりしてた方が楽なのに、どうしてこんなに働くのだろうか」ということ。
もう一つの疑問は、「障がい者と一緒に働けば、めんどうをみなければならず、作業能率も落ちてしまう。周りの社員は、どうして進んで受け入れることができたのだろうか」という点です。
四つの幸せ、働いてこそ幸せになれる
あるとき、お寺の住職に一つ目の疑問を話してみました。そのご住職はこう答えたそうです。
「大山さん、人間の幸せはものやお金ではありません。
人間の究極の幸せは次の四つです。人に愛されること、人にほめられること、人の役に立つこと、そして、人から必要とされること。
愛されること以外の三つの幸せは、働くことによって得られます」
大山さんは、「障がいをもつ人たちが働こうとするのは、本当の幸せを求める人間としての証(あかし)なのだ」と胸にストンと落ちたと述べています。
「上手にできたね」「がんばったね」とほめられ、「ありがとう」と感謝され、「君がいないと困るんだよ」と必要とされた時の2人の輝くような笑顔も思い浮かんできました。働くことで人の役に立ち、必要とされ、ほめられる。この喜びは、家や施設で保護されているだけでは得られない喜びだったのです。
大山さんは、 「何としても、彼女たちが握り締めている幸せを守らなければならない」という強い決意がわきあがったと言います。
それから60年、日本理化学工業は全社員84名中62名が知的障がい者(平成31年2月現在)という、「日本でいちばん大切にしたい会社」に成長したのです。
「二つ目の疑問はどうなったか?」って、それは次の機会にでも話すことにしましょうか。
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