南三陸町を容赦なく飲み込んでいく津波
(出典:「南三陸町での大津波の写真を公開します」/宮城県南三陸町 山内鮮魚店 店長コラム)
3月11日。あの悪夢のような東日本大震災から、8年の月日がたちました。今日は皆さんに、一人の女性のことを思い出してもらいたいと思います。
女性の名前は、遠藤未希(えんどう・みき)さん。年齢は24歳(当時)で、宮城県南三陸町の町役場の職員でした。役場では危機管理課という部署に所属し、防災無線を担当していました。具体的には、町民に防災情報を放送したり、災害時に避難を呼びかけるのが仕事です。
2011年3月11日、マグニチュード9.0という巨大地震が発生したのが14時46分。突然、ドドーンという地響きとともに庁舎の天井が大きく揺れ、棚の書類が一斉に落下してきます。それは、かつて誰も経験したことのない強い揺れでした。
地震がおさまると、未希さんはすぐに2階の放送室に駆け込み、「大津波警報が発令されました。町民の皆さんは早く、早く高台に避難してください」と呼びかけ始めました。いつもと変わらない未希さんの落ち着いた声が、町中に流れていきます。
この放送の音声は震災後にも残されていて、未希さんの生の声を聞くことができます。放送は津波が庁舎を襲うまでの約30分間続き、呼びかけは62回。このうち18回は同僚の三浦毅さん、残りは未希さんの声だったということです。
15時15分、屋上から
「津波が来たぞぉー。」という叫び声が聞こえました。
未希さんは両手でマイクを握りしめて立ち上がり、必死の思いで呼びかけ続けます。
「大きい津波がきています。早く、早く、早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください。早く高台に逃げてください‥‥。」
「逃げろ! 逃げろ! 早く逃げろ‥‥。」
隣で叫ぶ三浦さんの声が大きくなり、重なり合う二人の声が絶叫へと変わっていきます。
「ここも危ない。みんな早く屋上に逃げろ、早く、早く!」
たまりかねた上司の指示で、未希さんを始め職員は一斉に席を立ち、屋上に続く階段を駆け上がったのです。
3階建ての防災庁舎の屋上を 2m も越える大津波が押し寄せたのは、その直後でした。津波は「ゴウォーン」とすさまじい音を立てて、一気に襲いかかってきます。それは一瞬の出来事でした。
数分後、波は少しずつ引いていきます。庁舎に30人ほどいた職員は、わずか10名程度になっていました。その10名の中に未希さんの姿はありませんでした。
高さ14mとも言われる巨大津波が刻一刻と迫る中、ぎりぎりまで放送を続けた未希さん。どんな思いでマイクを握っていたのでしょう。「早く逃げなければ」という恐怖と「一人でも多くの町民に助かってもらいたい」という願いが、胸中に入り交じっていたのかもしれません。「町民を助けたいという思いで、無我夢中だったのでは」と、語る人もいます。
南三陸町を襲った津波は町のほとんどを飲み込み、住民約1万7700人のうち死者620人、行方不明者211人。建物の被害は全壊3,143戸、半壊以上の被害は3,321戸。全世帯数の61.9%が半壊以上の被害に遭ったといいます。
震災直後の南三陸町防災対策庁舎。未希さんは2階で避難を呼びかけていた。
(出典:「東日本大震災(2011年東北地方太平洋沖地震)/現地調査・写真リポート」(撮影・文:山村武彦))
未希さんの遺体が見つかったのは、それから43日目の4月23日でした。葬儀会場に駆けつけた町民たちは口々に、「あの時の女性の声で無我夢中で高台に逃げた。あの放送がなければ、今頃自分は生きていなかっただろう‥‥。」と、涙を流しながら、遺影に手を合わせたということです。
出棺の時、雨も降ってないのに、西の空にひとすじの虹が出たと言われています。
未希さんのことを新聞で知ったとき、私はこんな言葉を思い出しました。
「深海に生きる魚族のように、自らが燃えなければ何処にも光はない」(明石海人)
今日は3月11日。忙しい日々を送っていても、あの日を忘れそうになっていても、今日だけは東日本大震災で亡くなられた方々のご冥福を祈り、一日も早い復興を願う日にしたいものです。
追記
※ 本稿は、埼玉県教育委員会が作成した道徳教育指導資料「天使の声」(「彩の国の道徳『心の絆』」)を、講話用に要約し、加筆したものです。
なお、「天使の声」が収められた『心の絆』は、埼玉県教育委員会のウエブサイトでPDF版がダウンロードできます。ぜひご覧ください。
※ 参考資料
- 「天使の声」(道徳教育指導資料集「彩の国の道徳『心の絆』、埼玉県教育委員会)
- 「東日本大震災による被害の状況について」(宮城県南三陸町ウエブサイト)
- 「防災庁舎 遠藤未希さんの悲劇◆宮城・南三陸」
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