前回は『プロジェクトX』立ち上げ当時(2000年頃)に制作スタッフが体験した、過酷で悲惨(?)なエピソードを紹介させてもらった。
◆前回の記事はこちら >「プロジェクトX」あれこれ(2) ~「ダイエットX」と冷やかされた立ち上げ当初~
今回はあれほどの高レベルの番組がどのようにして作られていたのか、制作現場の様子が知りたくなった。
目次
20年たっても色あせない、高いクォリティ
わが家の書棚には『プロジェクトX』のDVDが4本並んでいる。黒部ダム建設関連のものが2本、残りは「魔の山」剱岳の遭難救助に当たる富山県警山岳警備隊を紹介したもの、そして瀬戸大橋をかけた伝説の男・杉田秀夫氏の苦闘が描かれた作品である。それぞれ2,000円近い代価を支払ってでも、手元に保存しておきたかったものだ。
これらのDVDは、いずれも放送時から20年近い歳月が経つ。何度も視聴して内容も分かっているビデオ映像なのだが、見返す度に心を動かされる。
黒四ダムをわずか7年で建設した男達の苦闘に胸を打たれ、瀬戸大橋建設の指揮をとった杉田氏の生き方に目頭が熱くなる。
約40年前の無名の人々の挑戦のドラマが、今でも心の琴線にふれるのだ。いつか子どもや孫たちにこのDVDを見せてやろうと、保存している。
DVDとは別に、番組の放送内容が紹介された書籍も30冊以上出版されている。わが家の書棚から抜き出した1冊には、屋久杉の森を守り抜いた人々や、世界で初めて女性だけでエベレスト登頂を成し遂げた日本女子登山隊のドラマが掲載されている。
「NHKプロジェクトX制作班 編」とあるから、各番組を制作したディレクターがそれぞれ執筆したものだろう。
一冊が約300ページ。番組5回分のエピソードが掲載されているので、1回分が約60ページだ。本を開くと、びっしりと活字が詰まったページが続いている。
丁寧で念を入れた取材をしない限り、これだけのボリュームの文章は書けないと思う。しかも実に面白い。これを訴えたいというモチーフが明確で、挑戦と達成のドラマが心に響くのだ。
長々と『プロジェクトX』のDVDや書籍についてふれてきたのは、他でもない。この番組が20年経っても色あせない高いクオリティを備えていること。それを4年9ヶ月もの間、毎週放送し続けたことがいかに凄いことだったかを、理解していただきたかったのだ。
「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく‥‥」
『プロジェクトX』のプロデューサーだった今井彰氏(以下、「今井」という。)は、番組制作のプロセスを次のように記している。
例えば、オリンパスの胃カメラ(内視鏡)をプロジェクトXで放送しようとするならば、何故その製品が必要とされたのか時代状況の調査に始まり、光工学などの技術を理解するための資料収集と読み込み、数百人に及び関係者への取材(退職後に、日本全国に散った人もいる)、番組要素の絞り出し、台本作成、ロケ、編集、ナレーション入れ、スタジオ収録、等々、膨大な作業が必要になる。
その工程をこなし、一本の番組にするとなれば、一人のディレクターがフル稼動して、最低でも三ヶ月はかかる。
『ゆれるあなたに贈る言葉』(今井彰、小学館)
プロジェクトXのディレクター達は、さぞかし胃が痛む毎日だったろう。
毎回専門性の高い未知のテーマに取り組む苦労は、並大抵ではあるまい。収集した膨大な資料をゼロから読み込み、多数の関係者に聞き取りを行い、わずか3、4ヶ月の期間で一般視聴者にも分かる、良質のドキュメンタリーに仕上げなければならないのだから。
まさに「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく‥‥」(井上ひさし)する能力が毎回要求されていたのである。
43分の番組に3~4ヶ月かけた制作スタッフ
今井英治氏(出典:「限りない挑戦と変革に向けて
~プロジェクトXの現場から学ぶ~」)
今井の下でデスクとして制作を担当した村田英治氏という人物がいる。氏の講演録「限りない挑戦と変革に向けて~プロジェクトXの現場から学ぶ~」(出典:マッセOSAKA(おおさか市町村職員研修研究センター)によれば、番組制作の基本的なプロセスは次のようなものだったという。
- 調査・情報収集・取材
期間は1~2ヶ月。番組のテーマに関する資料の読み込み、関係者への聞き取り。収集した資料が段ボール箱5個分になる時もあったという。
テーマの全体像をつかむと同時に、無名の人間の挑戦のドラマを拾い上げる。 - 撮影(ロケーション)
3週間程度。ディレクターとカメラマン、音声・照明担当者らと共に、関係者へのインタビューや実景、再現VTRなどを撮影する。 - 編集
期間は約3~4週間。30~40時間にも及ぶ収録映像を、35分ぐらいに圧縮する。映像の98%以上をそぎ落とし、本当に使えるカットを数秒単位で選び出し、編集していく。
最終的にプロデューサー(今井)が試写し、OKがでない場合は追加撮影、再編集となる。それでもOKが出ず企画が白紙にもどることもあったとか。 - ナレーション入れ、スタジオ収録
プロデューサーのチェックを受けつつ、最後の最後までナレーションの修正を繰り返す。
これだけの手間ひまをかけた番組を、我々は毎週視聴できていたわけである。ずいぶん贅沢な番組だったと思う。
もっと真剣に番組を見ておけばよかった、と返す返すも残念である。
番組開始当時のキャスター・国井雅比古アナウンサー(左)、久保淳子
アナウンサー(右)(出典:「解体新書! 『プロジェクトX』)
※ 第1回放送時のオープニング動画はこちら >
※ 本記事の続きはこちら >プロジェクトXあれこれ(4) 高精細映像化で番組がよみがえる!
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