岩手県大槌(おおつち)町の丘の上にある「風の電話」。中には黒い電話器が置かれているが、電話線はつながっていない。
「天国につながる電話」として人々に広まり、東日本大震災以降3万人を超える人々がここを訪れ、亡き人に思いを伝えているという。
映画『風の電話』は、この実在の電話をモチーフにして作られた作品である。
※ 本記事はネタバレの話題満載のため、まだ映画をご覧になっていない方はご注意を! ネタバレを了解された方のみ、ご覧ください。
目次
『風の電話』のストーリー
※ 茶文字の部分は、映画『風の電話』公式サイトからの引用です。
出典:『風の電話』公式サイト
17歳の高校生ハル(モトーラ世理奈)は、東日本大震災で家族を失い、広島に住む伯母、広子(渡辺真起子)の家に身を寄せている。
心に深い傷を抱えながらも、常に寄り添ってくれる広子のおかげで、日常を過ごすことができたハルだったが、ある日、学校から帰ると広子が部屋で倒れていた。
自分の周りの人が全ていなくなる不安に駆られたハルは、あの日以来、一度も帰っていない故郷の大槌町へ向かう。
出典:『風の電話』公式サイト
広島から岩手までの長い旅の途中、彼女の目にはどんな景色が映っていくのだろうか―。
憔悴して道端に倒れていたところを助けてくれた公平(三浦友和)、
出典:『風の電話』公式サイト
今も福島に暮らし被災した時の話を聞かせてくれた今田(西田敏行)。
出典:『風の電話』公式サイト
様々な人と出会い、食事をふるまわれ、抱きしめられ、「生きろ」と励まされるハル。
出典:『風の電話』公式サイト
道中で出会った福島の元原発作業員の森尾(西島秀俊)と共に旅は続いていき…。
出典:『風の電話』公式サイト
そして、ハルは導かれるように、故郷にある<風の電話>へと歩みを進める。家族と「もう一度、話したい」その想いを胸に―。
出典:『風の電話』公式サイト
初めて視聴した時の違和感
映画『風の電話』は、次のような冒頭テロップから始まる。
2011年に発生した東日本大震災の死者は1万5897人
行方不明者は2532人にのぼる
岩手県大槌(おおつち)町で生まれたハルは9歳の時
津波で家族を失い ひとり残った
今は広島県呉市で叔母と二人で暮らしている
出典:『風の電話』公式サイト
現在17歳のハルは、我々が抱く女子高校生のイメージとは全く違う。無口、無表情、うつろな目、感情を失ったかのような言動‥‥、まるで生きることを放棄しているかのような高校生である。
ハルは家を出る時は叔母の広子に抱きしめてもらわなければ、出かけようとしない。
近所のおばさんが「ハルちゃん、おはよう」と声をかけても、挨拶を返せない。かすかにうなづくだけ。
固く心を閉ざし、自らの殻に閉じこもり、他者と関わろうとはしない。
初めてこの作品を見たのは昨年(2020年)秋、レンタルビデオ店で借りたDVDでの視聴だった。
一般的な女子高校生のイメージと大きく乖離したハルの言動に、強い違和感を抱いたことを覚えている。
特に言葉がなかなか出てこない様子がもどかしく、じれったい(ビデオを止めようかとも思ったほどだ)。
そうなるとハルの人物象や他の面でも不自然さが目立つことに気づき、突っ込みを入れたくなってくる。
- これだけコミュニケーションをとろうとしない17歳が、高校に通えるのだろうか?
- 呉市に住むハルが、なぜ30km以上離れた広島市の豪雨災害被災地をさまようのか?
- 意識不明で入院中の叔母(唯一の肉親)を放っておいて、旅に出るの?
- 女子高校生が制服でほとんど所持金なしで、岩手県までヒッチハイク?
- 中東から逃れてきたクルド難民が、被災地福島でボランティアができるのか?
主人公・ハルを演じたモトーラ世里奈の存在感は鮮烈だったし、ラスト10分のモノローグ(独白)も素晴らしく、この新人女優の非凡な才能も感じ取れた。
しかし先ほど述べたハルへの違和感やストーリーの不自然さが引っかかり、その時は記事を書く気が起こらなかった。多分、主人公へ心情同化が起こらなかったのだろう。
生き残った者の苦しみ
1ヶ月ほど前、『風の電話』をもう一度見てみたいという気持ちが湧いてきた。
きっかけは、YouTubeで「NHKスペシャル 風の電話~残された人々の声」という動画を見たから。実在する風の電話で、亡き人に思いを伝える震災遺族のドキュメンタリーだった。
番組では、たとえば次のような遺族の声が紹介されていた。
- 両親と妻、1歳の子どもを亡くした男性
「時々何のために生きているのか、分からなくなる時があるんだよ」
「ごめん。助けてあげられなくて、本当にごめん」
「家族のことをつらいから忘れようとしたら、誰がうちの家族たちが生きてた証しを覚えているんだ‥‥」 - 幸崎廉くん(15歳)、父親が行方不明
「どうしてお父さんなんだよ」「どうして俺なんだよ」 - 幸崎廉くんの母
「(行方不明の夫のことを)口にしたら、心が折れそうだったもん。‥‥もたないから。」
大切な家族を奪われた痛み、残された者が生き続けねばならない苦しみが胸に刺さった。
※ 「NHKスペシャル 風の電話~残された人々の声」のurl >
https://www.youtube.com/watch?v=Yg69F5gewkA&t=284s&ab_channel=nesakitoramai
実際に風の電話を自宅の庭に設置した佐々木格(ささき・いたる)氏の著書『風の電話 ー大震災から6年、風の電話を通して見えること-』も読んでみた。
同書の「推薦のことば」に次のような一文を見つけ、うなづかされた。
大きな喪失を体験した人たちは、自分の感情に圧倒され、押し黙ることでどうにか気持ちの安定を図ろうとする。しかし、心のなかでは、沢山の「なぜ」が渦巻く。
なぜ、あの人が亡くならなければならなかったのか。なぜ、自分ひとりが残されたのか‥‥悶々と独り言を繰り返す。(慶応義塾大学感染制御センター 臨床心理士 矢永由里子)
あれこれ調べるうちに、震災後にハルと同じように心を閉ざし、押し黙って生きる少年、少女が数多く実在することも分かってきた。
出典:『風の電話』公式サイト
ハルの不自然な言動はリアリティが感じられないどころか、大切な肉親を奪われた子どもたちのリアルな現実そのままだった。
9歳というまだ年端もいかぬ時期に一瞬にして父・母・弟を奪われ、住み慣れた家も友達も生活も失った少女が、どれほど大きな心の傷を負い、どんなに過酷な8年間を生きねばならなかったか。
「なぜ、自分だけが生き残ったのか?」「これほどの苦しさの中、どうして生きていかなければならないのか?」、答が見つからない問いを何度も繰り返し、答が見つからないが故に押し黙るしかなかったのだろう。
被災された方々の実情を知るにつれ、ハルのこのような苦しみをイメージできなかった自分の無神経さ、想像力の希薄さが恥ずかしくなってきた。
もう一度『風の電話』を見てみよう、そう思い立ちレンタルショップに出かけてきた。
※ 映画『風の電話』予告編
◆本記事の続きはこちら >映画『風の電話』(2) ~鎮魂と再生に至る旅~
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