シニアライフ

口は「命の入口」(2) 歯磨き・舌掃除はいつから習慣化したのか?

投稿日:2022年6月8日 更新日:

専用の器具で舌の掃除をする

 前回は、金さん銀さんの口腔ケアのエピソードを紹介した。お二人は朝起きて洗面をした後、舌の掃除を欠かさなかったという。
 口の中をきれいにしてから朝ご飯を食べる。これが戦前まで日本で普通に行われていた生活習慣だったそうだ。

※ 前回の記事はこちら >口は「命の入口」(1) 覗いてびっくり、金さん銀さんの口の中

永平寺の修行僧の洗面

 「おんなきよまろ」こと、精田紀代美さんによって紹介されたこのエピソード。舌を清潔にしておくことの大切さは理解できるが、戦前の日本で本当に普通に行われていた生活習慣だったのだろうか?

 小生、この歳まで歯磨きは食事の後が当たり前だと思っていたし、舌掃除をやるようにしつけられた記憶もない。

 起床後の洗面・歯磨きと言えば、永平寺(福井県、曹洞宗総本山)修行僧の動画を思い出す。彼らは起床後すぐに洗面をしていたはずである。

 書棚からDVD『永平寺の日々』(制作・著作/福井テレビ)を取り出し、改めて視聴してみた。数年前に永平寺を訪れた時に購入したものだ。

永平寺 洗面出典:DVD『永平寺の日々』より画像引用

 永平寺の僧侶たちは、午前3時30分(春・秋は4時、冬は4時30分)に起床すると、歯磨き・洗面を行うのが1日の最初の「修行」。上記ビデオでは確かに起床10分後に、全員が歯磨き・洗面を行っている。

 この洗面の作法は開祖・道元禅師が鎌倉時代に定め、永平寺で800年以上も守り続けられていると聞く。ただし、舌の掃除までやっているかはビデオでは分からなかった。

 そこで、「永平寺 洗面 舌の掃除」でネット検索してみると、ある歯科医がご自分のブログに『「歯磨き」の習慣はいつ頃から』という記事をアップされていた。

 この記事によれば、道元禅師が記した『正法眼蔵』に永平寺の洗面の作法が記されているという。舌掃除についても、やり方と留意点が述べられているそうだ。

※ 「歯磨き」の習慣はいつ頃から|福西の小笹歯科診療所、小笹院長のブログ

『正法眼蔵』に記された口腔ケアの作法

 図書館で『正法眼蔵』を借り出し、上記ブログで指摘された箇所(もちろん現代語訳)を確認してみた。

 同書の「洗面」の巻に当該部分の記述がある。

 天竺、中国では、国王・王子、大臣・百官、在家・出家、朝野の男女、百姓万民、みな洗面する。(中略)洗面を忘れる者はない。だが しかし、楊枝をつかうことがない。

(出典:『正法眼蔵(五)全訳注』(増谷文雄、講談社学術文庫))

 道元は20代で南宋(今の中国)に渡り、禅を修行したというから、実際に見聞したままの記述なのだろう。

 当時の中国では洗面を忘れる者はいないが、楊枝(ようじ)を使った歯の手入れは広まっていなかったようだ。

だから、かの国では、僧も一般人も、みんな口の息がたいへん臭い。二三尺へだててものをいうときも、口臭がきこえて、嗅ぐものは堪えがたかった。

(出典:前掲書)

とぼやいている。

 一方、日本については、

それに反して、日本では、国王・大臣、老少・朝野、在家・出家の貴賤を問うことなく、すべて楊枝をつかい、口を漱(すす)ぐことを忘れない。だがしかし、洗面しない。これでは、まさに一得一失である。

(出典:前掲書)

 楊枝を使って(口内の手入れを行い)口をすすぐことを忘れないが、洗面しないのは損失だと述べている。だから修行僧には、歯磨きと洗面の両方を勧めたのだろう。

 また問題の舌掃除については、次のように記されていた。

『三千威儀経』にいう。
 舌を刮(けず)るに五つの事がある。一つには、三返をこえてはいけないということ。二つには、舌の上に血が出たらすぐ止めるがよい‥‥(略)。

(出典:前掲書)

 口臭の原因は舌苔(ぜったい、細菌や汚れが舌の上に溜まったもの)と言われている。南宋で周囲の人々の口臭に悩まされた道元、舌掃除にはかなりこだわっている。

 道元の言う「楊枝」とはどのようなものか。正式には「房楊枝(ふさようじ)」と呼ばれ、これ1本で歯ブラシ、爪楊枝、舌ブラシの機能を果たす便利な道具のようだ。

房楊枝出典:にしなか歯科クリニックブログ

 房楊枝で舌を掃除する女性の浮世絵も見つけることができた。なるほど江戸時代では、こうやって舌のクリーニングをしていたわけだ。

舌を掃除する江戸時代の女性舌を掃除する江戸時代の女性
(出典:『当世三十二相』「世事がよさ相」歌川国貞))

 これだけで結論を出すのは乱暴だが、個人的には次のような勝手な推察をしている。

  • 道元が生きた鎌倉時代の日本では、既に口腔ケア(歯磨き、舌掃除、口すすぎ等)の習慣がある程度は定着していた。ただし、洗面は行われていなかった。
  • 道元は、起床後ただちに口腔ケアと洗面を行う作法を定め、永平寺の修行僧に習慣化させようとした。
  • 遅くとも江戸時代には、舌掃除を含む口腔ケアが庶民の間に広まっていた。

 どうやら起床してすぐの歯磨きが、戦前までは普通の生活習慣だったのは確かなようだ。

 我々のご先祖様は、口内を清潔にしておくことが全身の健康に大きく関わっていることを、経験的に知っていたのだろう。

※ 本記事のつづきはこちら >口は「命の入口」(3)

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