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映画『MERU/メルー』 ~神々しいまでの映像美とクライマーたちの「再生」の記録~

投稿日:2018年6月26日 更新日:

映画「MERE/メルー」(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

amazonプライムビデオで、かねてから見たかった映画「MERU/メルー」(以下「メルー」)を見ることができた。

2016年12月に封切られたドキュメンタリー作品だが、福岡県の上映館は1館のみ。とても福岡市まで出かけるゆとりがなく、涙をのんであきらめた記憶がある。

今回ビデオで「メルー」を見終えて、「この作品をブログで紹介したい」と強く思った。同時に、クライミングなど全くできないのだが、無性に「山に行きたい」という思いが湧き起こった。こんなに心をわしづかみにされ、揺さぶられた山岳映画はあまり記憶にない。「運命を分けたザイル」以来の感動を覚えたのである。

「メルー」は、「神々の座」であるヒマラヤの神々しいまでの美しさと、3人のクライマーの「再生」の記録だと勝手に解釈した。

目次

作品の概要

作品と登場人物の紹介は、「メルー」の公式サイトに詳しい。
映画「MERU/メルー」公式サイト

聖河ガンジスを見下ろすインド北部のヒマラヤ山脈、メルー中央峰にそびえる“シャークスフィン”のダイレクトルートは、クライマーにとって究極の勲章となり得る難攻不落の岩壁。過去30年間、一人の成功者も出していない、もっとも困難な直登ルートだ。
(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

メルーのシャークス・フィン

メルー峰。中央の三角に尖った大岩壁が、シャークス・フィン(サメのひれ)。

(出典:「MERU」公式サイト

メルー中央峰(標高6660m)は、2000年に初登頂されているが、「シャークス・フィン」(6250m)は、過去30年間で20回以上の挑戦を全て退け、いまだ難攻不落の未踏峰であった。

次の画像の赤いラインが、シャークス・フィンの攻略ルートを示している。とても、人間が登攀できるとは思えない。ヒマラヤ最難関ルートと呼ばれるゆえんである。

メルーのシャークス・フィン

(出典:”Shark’s Fin Full Report – Alpinist.com” by Mariah Coley , Photo by Jimmy Chin)

2008年10月、コンラッド・アンカー、ジミー・チン、レナン・オズタークの3人はメルー峰へ挑むため、インドに到着した。7日間のはずだった登山は、巨大な吹雪に足止めされ、20日間に及ぶ氷点下でのサバイバルへと変貌。過去の多くのクライマーたちと同じく、彼らの挑戦は失敗に終わった。難攻不落の山頂まで残りわずか100メートルのところで。
敗北感にまみれたアンカー、チン、オズタークの3人は、二度とメルーには挑まないと誓い、普段の生活へ戻っていく。ところが故郷へ帰ったとたん、肉体的にも精神的にも苦しい数々の苦難に見舞われる。一方、心の中のメルーの呼び声が止むこともなかった。そして2011年9月、コンラッドは2人の親友を説得し、シャークスフィンへの再挑戦を決意。それは前回以上に過酷なチャレンジとなった……。
(出典:『MERU/メルー』公式サイト

 

メルーに挑む3人のクライマー

本作では3人のクライマーの敗退と挫折、そして再挑戦から再生にいたる三者三様の人間ドラマが、3人の独白(モノローグ)と実写の形で、実に巧みに描き出されている。

◆コンラッド・アンカー

(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

  • 冷静沈着、しかし胸の奥には誰よりも熱い情熱をたぎらせている男。リスク管理に優れ、強力なリーダーシップを備える。
  • エベレストに複数回登頂した経験あり。英国の伝説的登山家ジョージ・マロリーの遺体を発見したことで有名。
  • メンター(恩師、指導者)であり、登山パートナーだったアレックスを山岳事故で失った苦い経験を持つ。自分だけ生き残ったことへの罪悪感があるのでは?
  • 後にアレックスの妻と結婚し、彼の3人の息子たちもわが子として育てている。

◆レナン・オズターク

(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

  • メルー再挑戦の5ヶ月前、スノーボード撮影の際に事故に遭い、瀕死の重傷を負う。
  • 症状は頭蓋骨骨折、頸椎2箇所骨折。さらに椎骨動脈の片方が損傷し、これが原因で脳への血流が半分になる。医者によれば、9割の人が一生歩けないほどのケガとか。
  • 脳への血流半減という病状は、ヒマラヤの高山地帯で脳梗塞を起こす恐れがある、とのこと。
  • メルー再登頂に向けた、リハビリ・トレーニングの様子がすさまじい。首にコルセットを装着している男が、必死の形相でエアロバイクをこぎ、ウェイトトレーニングに励み、クライミングに取り組む。
  • トレーニングの様子から、彼の一途さ、ひたむきさ、シャークスフィン登頂に賭ける意気込みのすさまじさがひしひしと伝わってくる。

◆ジミー・チン

(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

  • ユーモアとジョークを忘れない男。笑顔が魅力的。4日間嵐の中に閉じ込められ、空腹に襲われながら、「来週は靴を食べているな」と笑わせる男。飄々とした風貌の内に、クライマーの激情を秘めている。
  • レナンの滑落事故に対して、「レナンはスキーが下手なのに、(自分が彼に)カメラを任せた(から事故に遭遇したのでは)」との自責の念を抱く。
  • レナンが瀕死の重傷を負った4日後、自らもなだれに巻き込まれ、130キロメートル近いスピードで600mも落下。命を失いかける。「彼は拾った命で何をするか考えていたわ」(ジミーの姉の言葉)

「メルー」の3つの魅力

映画「メルー」でまず圧倒されるのは、その映像の美しさである。「神々の座」と呼ばれるヒマラヤの峰々が5,000m~6,000mの高度から俯瞰して映し出される。夜間にメルーを覆う満天の星々も、息をのむほどの凄絶な美しさである。

6100mの絶景を見下ろす空中テント

6100mの絶景を見下ろす空中テント

(出典:映画「MERU/メルー」公式サイト

普通に生活している我々が、生涯目にすることができないような大展望。小生にとっては、これだけで至福の時間、何度見ても見飽きないほどの感動である。(映画館の大スクリーンで見たかった!)

メルー

(出典:「MERU」公式サイト

全てCGなしの実写。トップクライマーしか近づけない場所のため、映像の大半は、ジミーとレナンが手持ちカメラで撮影したものである。

メルー夜景

(出典:「MERU」公式サイト

映画「メルー」の2番目の魅力は、未踏の大岸壁に挑む男たちの超人的な能力である。
次の画像を見ていただきたい。ロープ1本に全てをたくし、軽やかにロープを登り返すジミーの映像である。身体の下は数百メートル下まで広がる虚空、背筋が凍るようなシーンだが、彼は当たり前のように淡々とロープを登っていく。

ジミーのクライミングシーン

(出典:YouTube 『MERU/メルー』劇場予告編)

レナンが命綱なしで岩壁を登るフリークライミングの映像も、しびれるほどの迫力である。が、彼もごく日常的な出来事のごとく、さりげなく自然体でよじ登っていく。

「人間にこんなことができるわけがない!」とつぶやきたくなるような登攀を、超人的な能力と技量でいとも簡単に成し遂げるすごみ……。

「メルー」は信じられないような体力、スキル、精神力を、まるでその場にいるような臨場感で体感できる作品といえる。フィクションではなく、「事実」を記録したドキュメンタリーだからこそ、視聴者に与えるインパクトは大きい。

メルー

(出典:「MERU」公式サイト

そして「メルー」の3つ目の魅力は、3人のクライマーの人間ドラマであろう。

登山のパートナーを山で失い「自分だけ生き残ってしまった」という自責の念を抱えながら、メルー登頂に2度敗退。それでも3度目の挑戦で、20年越しの夢を叶えようとするコンラッド。
メルーに登頂することで、再起不能と診断された自らの能力と誇りを取り戻そうとするレナン。
雪崩で一度は死にかかったが故に「拾った命で何をするか」を熟慮し、レナンを交えた3人での登頂をめざすジミー。

3人のクライマーがメルー登頂にかける思いは、3人3様と言ってよい。しかし共通するのは、打ちのめされた者、手痛い挫折を経験した者が、価値ある「何か」を成し遂げることで、自らの誇りとアイデンティティを取り戻したいと願う強い思いである。

「再生」を願う3人のドラマが交錯し合い、映画はシャークス・フィン登頂というクライマックスに達する。

(出典:「MERU」公式サイト

「死に直面したとき、生が非常に凝縮された形で味わえる」

皆さんはラインホルト・メスナーという登山家をご存じだろうか? 1986年に、人類史上初の8000メートル峰全14座の無酸素完全登頂を成し遂げた超人である。

メスナーは1994年に来日したとき、作家佐瀬稔氏のインタビューに答え、次のように述べている。

「多分、私は誰よりも生きるのが好きな人間だろうと思います。死に直面したとき、生が非常に凝縮された形で味わえるのです。
 ……(略)……一度しか生きられないのだから、自分の好きなことを貫きたい。」

(出典:佐瀬稔「長谷川恒男 虚空の登攀者」山と渓谷社)

人は死に向き合ったとき、生きる意味と本当にやりたいことを考え始める。「拾った命で何をするか」、自分の生を何のために使うか。彼らは前人未踏の大岩壁を登ることを選んだ。「どうしても登りたいんだ」というレナンの言葉の真意は、そういうことなのだろう。

「メルー」のエンディングの場面である。
深夜、メルーを覆う満天の星々……。暗闇に包まれたシャークス・フィンの最下部に、針の先ほどの微少な光がうかがえる。よくよく目を凝らさないと分からない光点が3つ、漆黒の闇の中でかすかに動いている……。徐々にズームアップされる画面から、下山中の3人のヘッドライトであることが、想像できる。

このシーンを思い浮かべると、圧倒的な自然への畏怖と人間へのいとおしさが同時にわき上がり、じんわり目が潤んでくる。
死に直面したときに生が輝くことを知っている彼らは、誰よりも生きることが好きな男たちだったんだろう。

「メルー」は、山を愛する人に一人でも多く見ていただきたいし、山に興味がない人にもお勧めしたい作品である。

※ 本作品の劇場での上映は終了しているため、ビデオ等でご覧ください。


(出典:YouTube 『MERU/メルー』劇場予告編)

 

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