奈良見聞録(5) 中宮寺、「たましいのほほえみ」に会いに行く

投稿日:2019年12月16日 更新日:

 

中宮寺中宮寺(出典:「なら旅ネット 奈良県観光公式サイト」)

◆前回の記事はこちら >奈良見聞録(4) 法隆寺夢殿、太子の霊に鎮魂の祈りを捧げる。

※ 本稿は2019年9月24日の記録を、12月16 日にアップしたものです。

「たましいのほほえみ」と初めての対面

 

法隆寺境内図右端の赤丸が中宮寺(出典:法隆寺公式パンフレット)

 中宮寺は、法隆寺夢殿に隣接した皇室ゆかりの尼寺。法隆寺境内の東端に位置している(「法隆寺境内図」右端の赤丸が中宮寺)。池に浮かぶ浮御堂をイメージするような、こじんまりとした現代風の寺院であった(現在の本堂は昭和43年落慶)。

 中央の石畳の参道を突っ切り、階段を登るとすぐ正面奥に弥勒菩薩像(国宝、伝「如意輪観音」象)が無防備に(?)安置されている。中宮寺

 これほど間近でお姿を拝見してもよいのだろうか、と当惑するほどの距離である。台座に腰を下ろし、右足を曲げて左足の膝頭に置き、右手を曲げて指先を頬に当て思索にふける「半跏思惟(はんかしゆい)」のお姿は、優美で美しい。

中宮寺菩薩半跏思惟像出典:「なら旅ネット 奈良県観光公式サイト」)

 飛鳥彫刻の最高傑作と評され、バランスのとれた柔らかい曲線で創り出された造形は、いくら見ても見飽きることがない。穏やかなほほえみをたたえるお顔は、いつまでも眺めていたいと思わせる魅力にあふれている。

 「きれいな仏さんね」、「優しそうねぇ」と声をひそめて頷き合うご婦人たち。一人旅と思しき女性、我々のよぅなシニアのご夫婦、それぞれ堂内の好みの場所に腰を降ろし、飽かず眺め続ける。

 56億7千万年先の遙か未来にさとりを開き、生きとし生けるものを救ってくださると言われる弥勒仏。どうしたら衆生を救えるか、その日に備え深い瞑想にふけっているお姿に見入っていると、時を忘れてしまいそうである。

 

「たましいのほほえみ」に魅せられた人々

中宮寺菩薩半跏思惟像

出典不詳

 過去に多くの文化人がこの像を愛し、それぞれの感想を記している。小生の記憶にあるのは、和辻哲郎と亀井勝一郎のものである。

彼女は神々しいほどに優しい「たましいのほほえみ」を浮かべていた。 ‥‥その与える印象はいかにも聖女と呼ぶのがふさわしい

(和辻哲郎『古寺巡礼』)

 仏に男女の性別はないと言われるが、和辻哲郎は「彼女」「聖女」と断定的な書きぶりなのが面白い。和辻はこの像に聖母マリアのような神聖さを見いだしたのかもしれない。

 ‥‥私はふとロダンの「考える人」を思い出した。‥‥(略)‥‥この仏像に接していると、おのずから故郷へ還(かえ)ったような安らいを覚ゆるのである。

(亀井勝一郎『大和古寺風物詩』)

 亀井勝一郎は、深い思索にふける菩薩の姿を「考える人」に重ねつつ、この像がもたらす「安らい(穏やかさ)」に着目している。小生の感想も亀井に近いものがある。

 写真家の土門拳の目には、この像は次のように映るようだ。

中宮寺菩薩半跏思惟像土門拳「中宮寺観音菩薩半跏像面相」(1943年)

 ‥‥頬にあてられている右手の細くたおやかな指先はいろっぽく、官能的といえるほどしなやかな表現を与えている。ぼくはこの観音像ぐらい、女、それもゆたかな母性を感じさせる仏像を他に知らない。

(「わが仏像十選」『文藝春秋』臨時増刊・昭和47年)

 なるほど‥‥。このアングルから切り取ると、まさに「ゆたかな母性」が感じ取れるではないか。

 この世にとどまり衆生を救おうとする仏性と、全てを受け入れてくれる母性、恐らくこの二つがこの像に共存しているのだろう。それがこの像の不思議な魅力となり、多くの人々を惹きつけるのかもしれない。

 静かな堂内で、心ゆくまでほほえみを拝見させていただき、満たされた気持ちで中宮寺を後にした。

 法隆寺の南大門へと戻る参道にはほとんど人影はなく、参道を歩く3人の外国人の声だけがかすかに聞こえる。

法隆寺境内

 駐車場で時計を見ると午後4時近く、昼前からたっぷり4時間法隆寺の境内に滞在したことになる。念願であった法隆寺と中宮寺を存分に堪能した半日であった。

※ 参考動画 「中宮寺 菩薩半跏像」(NHK 動画で見るニッポン みちしる)


※ 本記事の続きはこちら >奈良見聞録(6) 室生寺、掃き清められた石段と優美な五重塔


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